SDレビュー2025の記録 Vol.2

SDレビュー2025の記録 Vol.2

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Vol.1では、構造デザイナーの視点を代表の東郷へのインタビューを通して、SDレビュー2025に出展した五島列島・福江島の蒸溜所拡張プロジェクトについて、構造と地域性がどのように結びついたのかを伺いました。

Vol.2では、建築家・石飛さん(WANKARASHIN)にインタビューを行いました。プロジェクトの構想や東郷さんとの協働、そして「建築が風景や地域とどのように関わるのか」という設計思想について、お話を伺いました。

_石飛さんから見て、構造家である東郷さんはどのような存在ですか?また、今回のプロジェクトではどのようなコラボレーションがあったのでしょうか。

石飛(以下敬称略): まず、僕は割とひとりで設計することが多いので、プロジェクトを「第三の目」で見てもらえるような客観的な存在として、東郷さんの存在がすごく大きいですね。もちろん構造の設計をお願いするわけですが、改めてプロジェクトで何が本当に大切な部分なのかを整理するきっかけになっています。だから東郷さんには、割と基本設計の初期段階から相談をさせていただいています。

あとは、僕は概念的なところからプロジェクトの案を考え始めてしまうタイプなので、そこに構造家が介在してくれることで、プロジェクトにスケールが与えられるというか、「物質化する瞬間」があるように感じています。抽象的な概念に具体的な寸法が与えられ、建物が実体を持っていく段階で伴走してもらえるような大きな存在です。

石飛さん(左)と東郷さん(右)

_東郷さんからは「今まで使えなかったアイデアを次に持ち越しながらストックしてきた。今回は一つの集大成だと感じている。」というお話がありました。そのあたりの蓄積についてはどのように感じていますか?

東郷(以下敬称略):集大成っていうとちょっとおおげさかもしれないですけど。前に使おうとしてできなかったことを、五島の連続のプロジェクトとして少しずつ発展していくようなことが今回もあると思っています。

石飛: 何回かプロジェクトを一緒にやらせてもらっているので、アイデアや発想のストックみたいなものは間違いなくあります。ただそれだけではなくて、お互いに同じ敷地(五島)で、同じ設計者同士で継続してやっていくことで得られる経験の蓄積が大きいのではないでしょうか。この地域の歴史や産業、入手可能な素材など、僕自身も関わり続ける中でどんどん解像度が増していく感覚があります。そうした蓄積がそれぞれのチームにもあって、それがちゃんとうまく噛み合っている。だから今回のプロジェクトは、前回よりもさらにお互いに深く理解し合いながら進められている部分があるかなと思っています。こういう関係性を次のプロジェクト、また次のプロジェクトへと繋げていけるといいのかなと感じています。

東郷: そうですね。今回、特に「島の木材」に関する知見はだいぶ深まりましたよね。

石飛: はい。実際にやってみることで新たな発見や展開が見えてくる一方で「次はもっとこうしないと」と、更なる反省点もまた見えてくるんだろうなと思っています。

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空間性と構築性が合致する瞬間、そして「修道院」の再解釈

_今回のプロジェクトでは、東郷さんから「RCの壁を立ち上げよう」という提案があったそうですが、石飛さんが考えていた空間のイメージとはどのように結びついたのでしょうか?

石飛: 今回のプロジェクトが始まった段階で、僕の中にはなんとなく「部屋が連結していくイメージ」がありました。途切れているけれど繋がっているという、ある種の両義性みたいなものをつくれないかと。その時に「壁は分厚い方がいいんじゃないか」と考えていました。そのタイミングで、東郷さんから「構造として、RC造の壁がいいのでは」という具体的な構法の提案をいただいて。その瞬間に、僕が求めていた空間のイメージと、具体的な建築の構築方法がうまく結びつきました。

実は一期工事(蒸溜所)のときも、僕は「すごく小さな部材で大きいスパンを飛ばし、静謐な空間をつくりたい」というぼんやりとしたイメージを持っていたんです。その時も東郷さんから「アーチがいいんじゃないか」という具体案をいただいて。振り返ると、いつもそうやって空間性と構築性が合致する瞬間があるように思います。

SDレビューの模型①

_「修道院の平面形式の再解釈」というテーマについても、詳しくお聞かせください。

石飛: 修道院というテーマ自体は一期工事のときから考えていましたが、今回は建築単体だけでなく「集落全体の話」を最初から考えなければいけないと思っていました。島全体で直面している少子高齢化の課題や、キリスト教信徒の減少、半泊における利便性に劣る地理的な条件などを考えると、集落が元の形にそのまま戻るというのは現実的には難しい。そのような状況で、これからの時代の集落や共同体のあり方を考えるときに、「修道院」に何かヒントがあるのではないかと思いました。修道院は、自給自足を行う世俗から隔絶された環境であるとともに、部分的に地域に開かれた技術開発と伝承・交流の場でした。

また、修道院は部屋がどんどん増築できるようなシステムでできているんです。同時にその機能の一部を地域に開いていくような構えを持っている。そういうつくり方が、先ほどの「くっついているけれど離れている」という空間性、一個の建築を超えて集落全体に波及していくようなあり方に繋がるんじゃないかと考えました。それが今回の、構造との結合に繋がっていく大きな流れですね。

SDレビューの模型②

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コミュニティの保存ではなく、広義の「風景」を守ること

_この建築が建つことで、五島の集落の風景やコミュニティが今後どう変わっていってほしいか、石飛さんの想いを聞かせてください。

石飛: こう言うと少し誤解を生むかもしれませんが、僕は「コミュニティに依存するかたちでの集落の保存」には、実はあまり興味がないんです。というのも、お施主さんたちが本当に人間力のある素晴らしい方々で、五島の中でどんどん自発的に繋がりを作っていける。だから、僕が建築で関与できるのはほんの「きっかけ」ぐらいだと思っていますし、結局は使う人の力の方が強いなと割り切っています。それよりも僕が興味があるのは、本質的な意味での「島や集落の風景」そのものを守っていくことです。

今回の敷地は、もともとキリシタンの方々が切り開いた土地ですが、今は世帯数も減ってしまっています。でも、教会の海の前には、かつてキリシタンの方たちが積み上げた石垣があったり、敷地の斜面の上の方にも、畑を造成した際の石積みが残っていたりします。一期工事のときも、老朽化した教会のブロック塀をみんなで石を積んで作り直したのですが、今回はそういう土地の歴史の延長線上で建築をつくりたいと考えました。

断続的に立ち上がる分厚いコンクリートの壁が、かつての集落の名残としての石積みの風景と連続的に繋がっていったらいいなと思いました。極端な話ですが、いつか蒸溜所が移転したり廃業したりして建物がなくなったとしても、植物が繁茂する中にこのRCの壁や石積みだけが残っている。誰も人がいなくなっても、その風景だけは土地に残り続ける。そのような永続性を持ちうる空間をつくることを目指しています。

計画敷地周辺の海
計画敷地周辺の石垣

_SDレビューの展示において、そうした背景を伝えるために特にこだわった点はありますか?

石飛: むしろ、今お話ししたような集落との関係性や風景の残し方について展示の中で上手く伝えきれなかったな、というのは反省点として強く残っています(笑)。

ただ、SDレビューをきっかけにこだわった部分としては、「地域の産業にどう向き合うか」という点です。様々な分野の方たちインタビューを行って、島の産業の現状や皆さんの想いをリサーチしていきました。どうせ展示をやるなら、単なる発表の場で終わらせずに、実際のプロジェクトを前に進めるための作業にしたかった。展示をこれからの設計の糧にする、という部分はこだわった点かもしれません。

SDレビュー(東京)の展示①

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建築の「メディア化」を目指して。これからの展望

_最後に、着工を控えた現在の心境と、これからの展望をお願いします。

石飛: 心境としては、もう今は不安しかないですね(笑)。不安が9割、楽しみが1割という状態です。

これからの展望としては、先ほどの産業の話とも繋がりますが、実際につくっていくプロセスの中で、地元の森林組合の方々など「五島の産業とどうやって一緒につくっていけるか」が最大の課題だと思っています。

建築が持つ物理的な風景を守る一方で、つくっていく過程や出来上がった空間を通して、島の産業や資源、それらの直面している課題や秘めたポテンシャルを顕在化させていく。そして、この場所に訪れた人たちが、建築を通してその背景にあるものまで見通せるような、一種の「建築のメディア化」みたいなことができたらいいなと思っています。広義的な風景として、美しい集落の風景を身体的な感覚で経験するだけでなく、そのさらに奥にある背景も物理的距離や時間を超えて認知できるような、そういった建築をつくれると良いなと考えています。

SDレビュー(東京)の展示②